まだ未成年の頃病気だとわかりました
子供の頃から身体が弱くかかりつけの病院にはよくお世話になっていましたが、ただ虚弱体質なのだろうと思っていました。
運動能力が低いのと記憶力が極端に悪いのが気にはなっていましたが、特には気にしていませんでした。
しかし後にそれが一生の問題だったとわかるのでした。
脳健黄色腫と生きる ー 私の体験記
私は現在、「脳健黄色腫(のうけんおうしょくしゅ)」という難病と共に生きています。
この病気と出会ったのは、私が10代後半の頃のことでした。
きっかけは、身内に同じような症状を持つ人がいたことです。
調べてみると、どうやら遺伝性の病気であることが分かり、「もしかして自分も…」という不安が現実になりました。
最初に気になったのは、アキレス腱の異常なふくらみでした。痛みはないものの、明らかに他の人とは違う感覚。
「何かがおかしい」と感じながらも、確信が持てないまま、阪大病院で色々検査をして、最終的に阪大病院での入院となりました。
約4か月の検査入院。若かった私は、まさか自分がこんなに長く病院にいることになるとは思ってもいませんでした。
でも、その期間は自分の身体と正面から向き合う貴重な時間でもありました。
医師たちは丁寧に診てくださり、ようやく診断を受けることができましたが結果はまだ正式な病名もついていない病気でした。
当時は症例が少なく現在阪大では40例くらいしかないことや遺伝性の病気であることなどを聞きました。
診断後は、投薬による治療が始まりました。
完治する病気ではないため、症状を抑えること、進行をできるだけ遅らせることが治療の目的になります。
それでも、適切なケアと通院のおかげで、大きな悪化は避けられていると思います。
数年前、主治医から「この病気が難病に指定された」と知らされました。
それを機に申請を行い、今では正式に認定されています。
経済的な面でも、精神的な面でも、難病指定は大きな支えとなりました。
この病気は、日常生活に大きな支障をきたすことは少ないかもしれません。
でも、”見えない不安”や”漠然とした恐怖”と付き合い続けることは、想像以上に心に負担がかかります。
若い頃から知能低下という症状が出る事があったりアキレス腱肥大による運動能力の低下、若年性白内障になることがあり現に私も30代で白内障の手術を受けています。
その他にも加齢に伴い出てくる症状もあり現在は3ヶ月に1度の通院で経過観察をしています。
遺伝性と言うことで色々や悩んだりしたこともありました。
同じ様な症状の身内は60代で亡くなり、病院のベットで寝たきりになっている姿を見ていずれは自分も同じようになるのではと恐怖を覚えたりもしました。
それでも私は、少しずつ前に進んでいます。
日々の中で笑ったり、落ち込んだり、ささやかなことに感謝したり…
「病気があるからこそ見える景色」も、確かにあると感じています。
今ではなってしまったものは仕方がないどう生きるかは自分が決める事。
何てことを思っています。
現在はこの病気になっている方は増えてきている様です。
腱の肥大や白内障などで気づく人もいますがたいした自覚症状が出ない内はわからずに過ごしている人も多いと聞きました。
この病気の人はあまり多くは無いとは思いますが情報を発信していけたらなと思います。